ドル円レート

1970年代
変動相場制移行後最初の円高不況は1971年8月、ニクソン・ショック(ドル・ショック、ニクソン不況とも呼ばれる)の影響で引き起こされた。およそ4半世紀の間1ドル=360円の固定レートが使われていたため収支計算には勿論その固定レートが用いられていたが、スミソニアン協定により急なレートの変更(1ドル=308円)が日本の輸出産業に与えた打撃は大きく、赤字を計上する企業が続出した。その後1973年までの2年間は再び固定相場体制が採られたが、不安定かつ暫定的な体制であったため数次にわたる通貨危機が発生し、遂には完全に変動相場制に移行することとなった。これにより日本円は信用の低下していた米ドルに対して急速に切り上げられ、一時1ドル=260円台となり、再び輸出産業は大きな損害を被った。その後、1ドル=300円台にまで円安になったものの、1976年から1978年にかけて再び円高へ進行、1978年には1ドル=200円を切る状態となった。

1970年代後半・1980年代
1979年から、円安ドル高が進行している状態になり、1985年初頭には、1ドル=250円台となったが、ドル高による国際競争力の喪失を恐れたアメリカは、1985年にG5を招集し、ニューヨークのプラザホテルにて会議を開き、諸国にドル安誘導を要請し各国はそれを承認した(プラザ合意)。1985年9月時点で1ドル=240円台で推移していた円相場は1985年末には1ドル=200円まで修正され、日本銀行による高目放置路線などの影響もあり、その後も一貫して円高ドル安状況が継続した[3]。

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 WIKIPEDIAに全部まとめて書いてあったw 

 スミソニアン協定とプラザ合意で円高誘導されたわけですね。円高になり、国際競争力を失った半導体産業は壊滅。

 残るは自動車産業だが、海外販売向けは現地生産が主流であり、円安誘導に意味があるのか疑問。貿易赤字国の日本の通貨が価値を失えば、庶民は輸入品を買えなくなるだろう

 為替とは関係ないですが、次に消え行く日本の産業はゲームとカメラだと思います。NIKON、CANNON、任天堂など。



 個人の努力は、時代の流れの前には無力。今のsonyは優秀な人ばかり入ったわけだけど、銀行や保険以外はダメダメ。どうしようもならない。
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[ 2014/11/01 16:49 ] 未分類 | TB(0) | CM(3)

1. 日本のカメラ

いつも勉強させて頂いております。
日本のカメラが終わっていくというのはなぜでしょうか??カメラはなぜか日本とドイツが強いというぐらいしか知識が無いので教えて頂ければ幸いです。
[ 2014/11/02 00:09 ] [ 編集 ]

2. 無題

スマホのカメラ性能が上がっているから、わざわざ高級デジカメを買う必要がないからです。昔は海外旅行にいくたび一眼レフをもっていきましたが、pcで編集する程度だったらスマホで十分(むしろ一眼レフや高級デジカメはファイルサイズが大きくて編集に困る)。業務用以外では必要ないと思うからです。
[ 2014/11/02 13:28 ] [ 編集 ]

3. 無題

なるほど、確かにそれはありますね。
私は20代ですが、周りの友人は日常の出来事はほとんどがスマホで写真とってますね。一眼レフの高いカメラを持っている人も特別な事がない限りスマホでとります。今やスマホがサーモグラフィになったり広角レンズをつけることができるようになってきたり民製品の市場は縮小していくことには納得できます。
[ 2014/11/02 14:17 ] [ 編集 ]

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