日本における自己実現、自己成長をイスラム的に批判する

 なんとなく自分が思っていることは中田先生が20年以上も前にインタビューで答えていた。

 日本の自己実現、自己成長的な視点がいきついた先が、竹槍でもB29に勝てるだと思います。自己実現・自己成長が完全肯定されるから、無理な目標を無理だと考えられないというか。

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ー東洋の神秘主義的な思想には、かならず自己実現的、ないし自己成長的な視点があると思うんです。つまり自分がかかえている葛藤から解放されるのに、外からのドグマではなく自分の心を見つめなおし、それを内面的に解決する道を探る。コンプレックス、疎外感、虚無感、息苦しさ、生きていることの無意味感といったことが、実は内面的な束縛に由来しているがゆえに、その束縛を解きほぐしていくプロセスを大切にする。それによって個性的な真の自己を確立するーおそらく今、日本で宗教にもとめられているものは、そのような自己実現的な欲求の充足という面がつよいと思うのですが、イスラームではそのあたりはどう考えられているのですか。

<中田考>
 スーフィズム(イスラーム神秘主義)[14]にはそうした発想がないわけではありませんけれど、オーソドックスなイスラームには自己実現という発想はないですね。自己実現に価値を置ける社会というのは、結局、裕福な社会なんです。いったい今の世の中で、どれだけの人問に自己実現などということが可能だと思いますか。欧米や日本のようなごく一部の地域の人たちだけですよ。その他のほとんどの人たちは生活するだけで精一杯で、自分のくだらぬ悩みなどに浸っている暇なんてありません。自己実現とは、私にいわせれば百匹の羊のうち優秀な一匹を救わんがために他の九十九匹を犠牲にしてしまう[15]考え方です。自己実現に価値を置く以上、自己実現された個性なり能力なりによって人間が評価される。つまりはエリート主義です。自己実現という発想は西欧の局所的な状況から生まれた考え方にすぎません。それを普遍化しようとするのは傲慢という以外にありません。
イスラームのめざす方向は、まったく逆です。それはよしんば一匹の優秀な羊が犠牲になろうとも、他の九十九匹を救済するものです。イスラームのすごさは万人のための教えである点です。

http://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2391709/rcthcs.doshisha.ac.jp/~knakata/newpage4.html
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[ 2014/09/21 10:30 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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