ドイツ国営テレビ放送ZDF『福島の嘘』和訳 Die Fukushima-Luege

ドイツ国営放送局ZDF(第2ドイツテレビ)の独自取材番組について、知人が知らせてくれました。動画はこちらです。
http://ameblo.jp/pianistin/entry-11191791001.html

http://www.zdf.de/ZDFmediathek/beitrag/video/1576888/ZDFzoom:-Die-Fukushima-Luege

(3月15日You Tube に画像が出てきましたので、貼っておきます)



ええっ!と思う内容だったので、和訳を探しましたが、見つかりませんでした。
それなら、と和訳してみました。道中のナレーションは、ごく一部カットしています。

(4月22日 こちらは字幕付きで映像が観られます。他の方の和訳です)

http://www.youtube.com/watch?v=4Z38NR0mn_M

*転載は歓迎いたします。しかし、デリケートな内容で、誤解を生む恐れがあります。部分的に恣意的に引用したり、部分的に恣意的に削除したりせず、文脈、前後関係を保ったままで転載をお願いいたします。

*転載する際には、情報元はZDFの独自取材テレビ番組「Die Fukushima-Luege」であること、和訳はこちらのブログであることを明記してください。

(以下和訳、タイムは動画のタイム)

ZDFの二人、福島原発周辺の立ち入り禁止区域に入るため、放射線防護服を着る。

ここは損壊した原子力発電所から汚染された地域であり、立ち入りは禁止されている。そこで私たちは案内してくれる男性と会う。実際には何が起こっているのか、この男性が見せてくれる。

ナカ・ユキテロ氏は、福島を含む原子力産業で何十年も仕事してきた、工業会社の社長である。私たちはチェックポイントを通過した。仕事を始める作業員がバスに乗って、原発の廃墟に戻ってくる。

3月11日の大惨事は、日本と世界に迫っている危険の前触れにしか過ぎないと指摘する人は多い、ナカ氏はそう警告する。この危険を把握するためには、過去を理解しなければならない。

1:13
原発爆発の映像。
私たちは立ち入り禁止区域に入る。原発の廃墟からは7kmの距離だ。ナカ氏は福島第一原発と第二原発の間にあるこの地区に住み、働いていた。ナカ氏と社員たちは、原子力発電所の安全対策が不十分であることを長年指摘してきたが、誰も耳を傾ける者はいなかった。

ナカ:「聡明な方々の中には、私たちの懸念を真剣に取り扱ってくれる人もいました。しかし、その人々に注意を向けるわけには行きませんでした。日本には原子力村と呼ばれる、大きな影響力を持ったグループがあり、その理念は経済第一なのです。原子力村を構成しているのは東京電力、政府、大学教授たちです。このグループがすべての重要事項について決定を下します」

2:43
私たちは東京で菅 直人首相に対し独占インタビューを行った。菅首相は当時、第二次大戦以来最大の危機を一国の首相として乗りきらねばならなかった。ネットワークによる報告について、首相ですら知らされなかったということを聞いて、我々は呆然となった。マスメディアは首相についてデマを拡散し、首相は辞任に追い込まれた。政府のトップは原子力村といさかいを起こした。

菅:「最大の問題は、3月11日以前に、初めからからとるべき安全措置がとられていなかったということです。この意味で、事故の直接の原因となったのは津波でしたが、本質的な過ちは、とるべき安全措置が取られていなかったということです。必要な措置を単に怠っていた、責任者の過失です」

つまり、この大惨事の原因は大地震でも津波でもない。私たちは原子力村について手がかりを得、嘘仲間のネットワークと刑法に触れたエネルギーの姿が明らかになった。

3:58
追求していくと、アメリカ大陸に赴く必要が出てきた。
私たちはカリフォルニアはサンフランシスコに飛んだ。

私たちは、長年にわたって福島の原子炉のメンテナンスを担当してきた男性(スガオカ・ケイ氏)と会う約束をしていた。そして、日本の巨大電気企業である東京電力が、予期せぬ深刻な問題を隠してきたことを知った。

福島第一原子力発電所の第1号機は、1970年代初頭にアメリカの工業コンツェルンであるゼネラル・エレクトリックにより建造された。アメリカの技術者が点検を担当した。福島ではいつも問題が見つかった。

ZDF:「あなたが点検を終えた時、東京電力はあなたに何を期待していましたか?」

スガオカ:「亀裂が発見された後で、何が期待されていたか、二言で言い表すことができます。口を閉じろ。黙っていろ」

問題は想定されていなかった。日本では結局のところ、核エネルギーには問題はないということなのだ。アメリカの技術者、スガオカ・ケイ氏もそれを変えてはならなかった。

スガオカ:「1989年のこと、私たちはビデオによる過熱蒸気発生装置の検査を予定していました。原子炉の検査を始めたところ、大きな亀裂を見つけました。かつて見たこともないような大きさでした。」

しかし、スガオカ・ケイ氏と同僚が見つけたのは、そればかりではなかった。

スガオカ:「同僚は原子炉を視察していましたが、その目が次第に大きく見開かれていったのを私は見ました。同僚は、過熱蒸気発生装置が反対に取り付けられている!と言いました」

すなわち、原子炉の中心には重大なミスと欠陥がある。スガオカ・ケイ氏は検査チームのリーダーであり、正しく事後処理をする責任があった。しかし、彼の検査結果は東京電力の気に入らなかった。

スガオカ:「私たちは点検し、亀裂を発見しましたが、彼らからビデオ資料を消去するように求められました。報告書も書いてはいけないことが多かったです。私は報告書に署名だけしました。過熱蒸気発生装置が間違えて取り付けられていたことを、私が記録したに違いないと彼らは知っていました。」

ZDF:「つまり、記録を偽造するよう求められたのですか?」

スガオカ:「その通りです。私たちのマネージメントに記録を偽造するよう強要しました」

スガオカ氏は10年間沈黙を守り通した。職を失うのを恐れたのだ。ゼネラル・エレクトリックを退職して、スガオカ氏は沈黙を破り、日本のあらゆる関係官庁に報告した。しかしスガオカ氏にとって意外なことに、その後何年もの間何も変化はなかった。日本の原子力安全・保安院はスガオカ氏を厄介払いしようとした。

しかし2001年にこのアメリカの技術者は、ついに同志を見つけた。日本の福島で。

7:24
佐藤栄佐久氏は18年間福島県知事を務めた。当時は与党であった保守派の自民党の所属である。佐藤氏は政治体制側の人であり、皇太子夫妻の旅行のお供を務めたこともある。佐藤氏も住民にとって、原子力発電所はまったく危険ではないと確信していたが、その後、佐藤氏は信頼を失った。

佐藤:「ファックスで20例ほどの報告を受けました。それは県内の原子力発電所の情報提供者からで、スガオカ・ケイ氏の報告も2例ありました。経済産業庁はその非難が正しいかどうかチェックせずに、東京電力に直接転送しました。そこで、信じられないことが起こったのです。東京電力はそれらの報告を改ざんしました。そこで私は、このような行動が改められなければ重大な事故が必ず起こるに違いないと新聞記事に書いたのです」

今や官僚主義も、もはやこの問題を避けることはできなくなった。17機の原子炉が停止した。調査委員会は電力コンツェルン東京電力が、何十年もの間メンテナンスデータを改ざんしたり、重大な故障情報をもみ消したばかりでなく、

「福島の炉心融溶すら」 「30年もの間」

隠され続けてきたことを明らかにした。

経営陣は辞職し、職員は非難されるが、新しい役職を与えられる。告訴された者は一人もいない。

そればかりか東京電力の責任者、勝俣恒久氏はコンツェルンの代表取締役会長に就任する。佐藤知事に対し、データの改ざんおよび恥ずべき態度について謝罪するも、佐藤氏は追及の手を緩めず、原子力エネルギーの急速な拡張を繰り返し批判する。

しかしこの点で、佐藤氏は日本原子力政策ゲームのルールに違反した。2004年にその報いが来た。

佐藤:「12月27日のこと新聞に、私が不法な土地取引に巻き込まれているという記事が載りました。執筆者はもともと原子力専門のジャーナリストです。内容はこのジャーナリストが自由にでっち上げました。そして弟が逮捕されました。」

佐藤:「担当検察官は総理府から一時的にこちらに転属されていました。名前は森本と言います。彼は弟に、我々は知事をいずれ抹殺すると言いました。その結果、約200人の関係者に圧力がかかりました。知事のことを悪く言いなさい、それで十分だから、というのです。圧力に耐えられず自殺した人も2、3人います。そのうちの1人、会社の総務部長はいまだに昏睡状態で入院しています」

友人と同僚を守るために、佐藤氏は辞任した。後に、裁判で無実が証明されたが、沈黙を敢えて破ろうとした邪魔者は、これで片付けられた。

これは、日本社会経済の大半をがっちり押さえている権力グループによる復讐だった。このグループは日本国内で、「原子力村」という悪気のない名前で呼ばれている。

10:53
菅:「日本ではずっと、とくにこの10年、20年、原子力エネルギーの危険性について発言しようとすると、いろいろな圧力がかかります。大学の専門家が、たとえばこのような危険が生ずる可能性がある、と発言すれば、昇進の可能性はありません」

菅:「政治家たちはエネルギー企業から、さまざまな経済的支援を受けています。しかし原子力エネルギーの危険性について発言すると、支援からはずされます。あるいは、原子力エネルギーに賛成すると、気前の良い献金が受けられます」

菅:「このお金には文化、スポーツの分野、あるいはマスコミ関連のお金も含まれています。いろんな分野が密接に関連しているという理由で、批判的発言が不可能な状況が生まれています。ですから原子力村というのは、決してごく一部の問題ではなく、日本全体を覆っており、すべてはその中ににとりこまれています」

11:53
菅総理大臣は国会で、東京電力からお金を受け取った100人以上の議員と対立している。その中には前首相も、同じ政党の党員もいる。

しかし、ネットワークはもっとはるかに拡がっていた。役人の多くが役職を終えた後、巨大電力会社に移籍している。1962年以来、原子力管理担当官庁の大臣などのトップ公務員が、東京電力の要職に就く例が、あまりに多すぎる。日本語では「天下り」と呼ばれている。その反対方向もある。加納時男氏は東京電力の取締役から国会に入り、当時の与党自民党でエネルギー政策を12年間担当した後、東京電力に戻った。

河野太郎氏は「このネットワークについては議員と話し合いました」と言う。河野氏は有力政治家の家系の出であり、父は外務大臣であった。河野氏は自民党である。自民党は第二次世界大戦後日本を約60年にわたって治めてきた保守党である。自民党は原子力産業を築き、強力に拡張を推し進めてきた。

河野:「彼らはいつも、日本では原子力事故は起こり得ないと説明してきました。事故に備えるよう人々に言ったことはありません。地方自治体でさえ、その危険性を知らされませんでした。繰り返し言われてきたのは、深刻な事故に備える必要はない、単純な話、ありえないのだから、という話でした。彼らはこの作り話を続け、この作り話で真実を覆い隠してきました。今になって、すべてが嘘であると認めざるをえませんでした」

13:36
この空気が壊れたのが2011年3月11日のことだった。日本がかつて経験しないような大惨事。14時46分、この国は計測されて以来最大の地震に襲われた。マグニチュード9。

しかし地震は単に、太平洋のずっと沖の方で発生している恐怖のスイッチでしかなかった。時速何百キロもの速さで巨大な波、津波が日本の東海岸に押し寄せた。津波は場所によって30mの高さに達し、街全体を消し去った。およそ2万人が波に飲まれて命を落とした。

津波の映像

まだ損壊していない福島第一原発にも、津波は押し寄せた。津波に対する6mの防壁はあまりに低すぎた。東京電力も原子力保安院も、いわゆる殺人的津波警報を真に受けていなかったし、当地では何も変更していなかった、そのつけが今、回ってきた。

15:44
菅:「原子力発電所の建設方法では、もともとは海から35mの高さになるはずだったのです。地面は海面から10mの高さに土を盛り、その上に原子力施設が建てられました。当時の方針では、海から水をポンプで汲み上げるには、低い方が良いということでした。東京電力社史にも、まさにこの方法が、とりわけ経済面で効率が良いと書いてます」

大波は大破した原発に止めを刺した。まず電源が喪失、非常用電源も設置場所が低すぎたので水浸しになってしまった。電気がなければ原子炉の炉心も冷却もできない。

菅:「法律によれば、どの原子力発電所も非常時に備えてオフサイトセンターを設置しなくてはなりません。福島では、原発から5kmのところにオフサイトセンターがありました。センターは1分間機能しましたが、地震が起きたため、人々はすぐにそこに駆けつけられませんでした。そして電源が喪失し、いっさいの通信機器は使えなくなりました。すなわち、オフサイトセンターはまったく機能しなかったという、深刻な事態に直面しました。法律では、地震と原子力発電所事故が同時に起こる可能性について、まったく想定されていません」

原子力発電所で大変なことが起こりつつあるという事実について、菅直人氏にはこの時点で、まったくと言っていいほど情報が伝わっていなかった。日本の総理大臣は福島の重大な爆発事故について、テレビの映像を観るまで知らなかった。

菅:「東電からは、どのような爆発が起きたのかについて、テレビ画面に映像が映されて1時間以上たっても、何も報告がありませんでした。たとえ、現地で状況を正しく推測するのが非常に難しかったとしても、東京電力はしかるべき状況判断をして、私たちに情報を公開すべきでした。しかし、そのように迅速には行きませんでした」

大震災から4日たった2011年3月15日、東京電力と原子力保安院は尚、表向きには危険を小さく見せて丸く収めようととしていた。しかし東京電力は内密に、従業員を全員避難させても良いという許可を、総理大臣に求めていた。さもないと、従業員は全員死亡するだろうというのだ。

菅:「まず東京電力の社長を呼びました。そして、撤退はあり得ないと言いました。もし撤退したら炉心融溶が起こり、放射性物質が大量に拡散される。もしそうなれば、かなりの広範囲で人間が住めない状況になる。」

菅氏は初めから東京電力を信用していなかった。現地を自分の目で確かめるために福島に飛んだ。この時点で、すでに3つの原子炉で想定可能最大事故を超える事故が起こっていた、正確には11日、大震災の夜すぐに起こっていた、と日本の総理大臣に報告した者は、この時点までいなかった。

菅:「東京電力および原子力安全・保安院の報告は、東京電力が管理しているのですが、燃料棒が損傷している、あるいは炉心融溶が起きているという内容の文章はありませんでした。15日の時点では、そのような事態にはまだ至っていないという報告が私に上がっていました」

19:00
大震災から1年近く経った東京。大震災の直後に原子炉では想定可能最大事故を超える事故が起こっていたことは、世界中の専門家は全員とっくに推測していたのに、東京電力がその事実を認めるのに2ヶ月もかかったのは何故か、その理由を私たちは東京電力から聞きたかった。

ZDF:「第1、2、3号機で炉心融溶が起こったとわかったのはいつですか?」

東電(松本):「こちらも目で見るわけにはいきませんけれども、中央管理センターのデータに基づきまして推測しましたところ、炉心が融溶して圧力容器の底にあるのではないかと、5月初めになって認識しております」

今日もなおデータ、数値、資料の裏に身を潜めつつ、毎日行われる記者会見でこの巨大電力企業が流す情報によれば、原子力発電所の状態は制御されているという。しかしデータに埋もれていたある資料を見て、大惨事の責任者は、自分のやっていることが本当にわかっているのだろうか、と疑念が湧いた。スポークスマンが付け加えた説明によれば、放射能で汚染された冷却水が消えた。理由は、汚染された敷地内に生えてきた草がホースに穴を開けたからだという。

ZDF:「あなたは今、”草が”放射能汚染水を流す水道管に穴を開けることがありうる、本当にそうおっしゃったのですか?」

東電:「まあ、私たちが草むらの上に水道管を敷くのは初めての事でありまして、植物がここに穴を開けるっていう事に関しましては、少し知見が不十分だったという風に思っています」

20:48
原子力廃墟を危険にさらすのは、草だけではなかった。私たちは富岡に入る。そこはゴーストタウンだった。ここから福島第一発電所までは7km、原子力技術者ナカ・ユキテロ氏と一緒に原発に向かうところである。

彼のような住民には、個人の持ち物を取ってくるために、時間を区切って立ち入りが許可されている。ナカ氏は自分の会社に案内してくれた。そこは地震でごちゃごちゃになり、放射線で住めなくなった。

21:28
ナカ:「この古い木の建屋はとても居心地がよく、素晴らしい社屋でした。環境は静かで、夏は涼しく、冬は暖かい。人々はとても幸せでした」

ナカ氏の為に約80名の原子力専門家が働いている。そのうち多くの人々が、大震災で破壊された二つの原発を制御するのを手伝っている。この原子力廃墟で何が起こっているのか、ナカ・ユキテロ氏と社員たちは知っている。

ナカ:「一番心配なのは、破壊された原発で働ける専門技術者が、もうすぐいなくなってしまうことです。大半の技術者は、被爆量が被爆限度量に達しているからです。施設内の労働に十分な人数の専門技術者を、どこから連れてくればよいのか、私にはわかりません」

22:24
まだ被爆していない専門教育を受けた労働者がいなければ、この大惨事を制御することは不可能だ。仮に今後40年間、専門教育を受けた技術者や専門家を十分に確保できたとしても、問題が一つ残る。日本ばかりでなく、世界も変えるかもしれないような問題が。

ZDF:「現在、原発は安全ですか?」

ナカ:「う~ん、政府や東京電力は安全だと言っています。しかし、現場作業員は信じていません。大きな危険があります。私が個人的に心配なのは第4号機です。建屋は地震によって大破しました。4階の燃料冷却プールには約1300本の使用済み燃料棒があります。その上の階には新品の燃料棒が貯蔵され、重機がたくさんあります。すべてが、非常にきわめて深刻な状態です。大地震が再び起こったら、建屋は崩れ落ちるかもしれません。そうなれば、新たに連鎖反応が起こる可能性が非常に高いです」

つまり、外気にさらされた状態で炉心融溶が起これば、今までの私たちの知識からすれば、日本の終わりだ。その場合、放射線は死に至るほど危険であり、敷地内での作業は一切できなくなる。その結果、第1号機、第2号機、第3号機、第5号機、第6号機も制御できなくなるであろう。ハルマゲドンだ。

24:10
東京で私たちは著名な地震学者、島村英紀教授に面会した。島村東京大学教授は2月に研究論文を発表した。その論文によれば、今後4年間に日本が再び大地震に襲われる確率は、75%だという。

ZDF:「そのような地震によって、実際に原子力発電所が損傷を受ける可能性はありますか?」

島村:「はい、可能性は非常に高いです」

ZDF:「なぜですか?」

島村:「ガル値で測定した地震の加速度は、今まで推測していたよりはるかに大きかったのです。ここ数年間1000台を超える特殊測定機器を設置し、確認したところ、地震の衝撃は今まで想像もできなかったほど強く、急速に加速する可能性があることがわかりました」

しかし、そうだとすれば、日本中のあらゆる建造物にとっても、原子力発電所にとっても大問題になる。この点について島村教授は次のように説明する。

島村:「これは日本の原子力発電所の設計です。この業者は、今後大地震が来た場合に、300~450ガルの加速度を想定しています。この業者によれば、原子力発電所が600ガルにさらされるのは、想定できないような大地震の場合です。しかしこの数値が適用されるのは、原発の格納容器のみで、その他の構造部分には適用されません」

島村:「私たちの調査では、最近起きた二つの大地震に際し、加速度は4000ガルに達したことが明らかになりました。この設計が想定したよりもはるかに高い数値です」

ZDF:「原発経営者はこのことを知っていながら、施設強化を行わなかったのでしょうか?」

島村:「今のところ、まだ行われていません。不十分なのではないかと思います。いずれにせよ、このような大地震も耐えられるような施設を建設するのは、まず不可能です」

原子力廃墟から60km。ここ、福島災害対策本部は東京電力、保安院、福島県をまとめている。この三者は協働して、原子力発電所火災と闘っている。私たちは東京電力の災害対策責任者と面会する予定を入れた。損傷を受けた原発、とりわけ危険な第4号機を大地震からどのように守るのか、彼らの見解を聞きたかったのだ。

東電災害対策(シライ):「4号機のプールには、非常に多くの燃料棒が入っています。燃料棒を保護するには、冷却プールの補強が必要です。冷却プールの下の階には最近、梁が構築されました」

ZDF:「原子力発電所は、ほぼ全壊といっていいほど損傷しています。1年前、まだ損傷がなかったときでさえ、大地震に襲われて持ちこたえられませんでした。この同じ原発が、今度大地震が起こっても安全だという結論を、あなたはなぜ出せるのですか?」

シライ:「地震安全対策の評価を行いました。対象は第4号機だけではありません。そして、問題ないという評価を得ました」

ZDF:「地震学者は4000ガルを測定し、そのような地震に耐えられる原子力発電所はないと言っています。なぜあなたは、福島直下の地震によって、原子力発電所の残った部分も大損害を受けない、と確信できるのですか?」

シライ:「えー、あなたのおっしゃる4000ガルは、別の話だと思います。その点については…お答えできません」

ZDF:「東京電力が日本で原子力発電所を再開しようと準備を進めている話を、あなたは信じますか?」

シライ:「…(無言)答えられないね」

福島海岸の風景。線量計。

ナカ:「これが結果です。すべての人は、この結果を知らなくてはなりません。みんなの政治の為に、未来の為に」
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[ 2014/09/14 00:46 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

1. 無題

ショックを受ける内容ですね
菅元首相のイメージがとても良くなりました。
[ 2014/09/15 10:07 ] [ 編集 ]

2. 無題

原発推進してきたのは自民党政権ですが、民主党の菅直人に罪をかぶせようとしているんでしょう。
[ 2014/09/16 12:01 ] [ 編集 ]

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