イランのメディア戦略

 イランのメディア戦略は面白い。
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 アラブの春を「欧米的な行為」とは捉えずに、「イスラム的な行為」と捉えている。

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およそ1年前、中東諸国で西側に従属する支配者たちへの最初の抗議運動が形成されたとき、多くの人々は、これらの運動が、一時的でまったく国家主義的なものだと考えていました。しかし、、「神は偉大なり」や「アッラーの他に神はなし」の声が、チュニジア、エジプト、バーレーン、イエメン、リビアの街頭に轟き、イスラム諸国の広場という広場が革命的な礼拝者たちの列で埋まったとき、もはやこれらの蜂起がイスラム的であることを否定できる人はほとんどいませんでした。イスラムの目覚めは実際、東洋と西洋の思想的、政治的、経済的支配に対する、力強い、統一の取れた運動です。沈黙と平穏の一時代の後に訪れた、イスラムへの回帰であるこの目覚めは、多くのイスラム運動の台頭の要因となり、新たな状況を形作り、その状況は、想定外であっただけでなく、植民地主義者たちが今もこれに気づき、対抗を試みては、驚き、複雑な困難に直面しているものです。この運動の内的な文化と価値は、人間の持つ宗教的な本質と一致し、物質的な文化や価値よりも優れ、力強く、西側の物質的理論のレベルだけで物事を見ている人々にとっては理解不可能なものです。

イスラムの目覚めの拡大とともに、他の啓示宗教の教えもまた、更なる社会的、政治的役割を次第に獲得しています。何より重要なことは、宗教という範疇が国際的な舞台における重要で影響力ある問題の一つになったということです。今日、政治的イスラム、革命的イスラム、ホメイニー的イスラムといった表現が、共産主義の怪物、東西陣営などという言葉にとって代わっています。そこで、多くのアナリストは、イスラムの目覚めの根源、要因を探しています。こうした蜂起を理解するためには、イスラム教徒の人々の思考的、信条的根幹に注目しなければならないのは言うまでもありません。

イマーム・ホサインの考えでは、人生は美しく意味のある人間的な誇りと尊厳に根ざしたものであり、生は、全ての人々に権利として与えられた神様からの贈り物です。このため、人間の生を失わせる全ての手段の使用が禁止されており、迫害や圧制を受けている全ての人のために、蜂起を起こす必要があります。イスラムの聖典コーランの見解では、このような行動を起こさない者は、自らに圧制を加えているに等しいとされています。コーラン第4章アンニサーア章婦人第97節では、天使たちが圧制者に対して、次のように問いただしています。

「お前たちは現世でどうしていたか?」。彼らは答えて言う。「われらは地上で弱く、痛めつけられていました」。そのとき天使は言う。「神の大地は広大ではなかったか?お前たちはそこに移り住めたではないか」。かれらの住む場所は地獄となろう。なんと悪い運命であることか。
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 この発想はさすがに思いつかなかったなあ。素直に凄いと思ったよ。預言者ムハンマドの孫の蜂起を「アラブの春」に例えている。

 エマニュエル・トッドの予言を信じるならば、イランは地域大国になる。つまり、アメリカとは戦争をしない。
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[ 2012/04/15 00:27 ] イスラム | TB(0) | CM(0)

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