アラブとしてのスペイン

興味深いHPみつけたので引用。

http://www.dokkyomed.ac.jp/dep-m/german/uc1a.html


 こんなことを考えているときに、市立図書館で、『アラブとしてのスペイン』(余部福三、第三書房)という本を見つけました。その中の何カ所かを抜き書きしてみます──

 

 経済発展著しい現在(注:1992年)のスペインは、観光ブームにもわいている。ヨーロッパに近くて、ヨーロッパに欠ける太陽の光にあふれ、ヨーロッパとは明らかに異質な文化をもつエキゾティックな国、そういうイメージが強いのである。イタリアも同様であるが、ヨーロッパとの差異はスペインの方がイタリアよりはるかに大きい(注:イタリアがエキゾチックという指摘は納得がいかないかもしれません。この点は次回で触れるつもりです)。ナポレオンが「アフリカはピレネーにはじまる」といったと伝えられるように、通常の感覚ではスペインはヨーロッパらしくない。...(中略)... スペインをヨーロッパから際立たせる要素は何か。それはアラブ・イスラーム文化の要素である。(p. 1)

 スペイン、ポルトガルの地はかってはアラブのイスラームの国であった。しかも、イスラーム世界のはしっこではなく、その中核をしめており、一時的にはイスラーム世界の最先進地域、ということは全世界で最先進地域にもなった。(p. 350)

 スペインはイスラーム世界の中では後進地域であったが、しだいに発展し、一二-三世紀には文化がすでに衰えはじめていた中東をしのぐようになった。すなわち、スペインは一時的には中国を除く世界で、もっとも文化レベルが高くなったのである。これはスペインが大いに誇りとすべきことである。そして、キリスト教徒に征服されたスペインがその優れたイスラーム文化をイタリアや西欧に伝える橋渡しとなった。(p. 342 )

 

 大航海時代の先頭を切って世界の海に進出したスペイン人とポルトガル人は、やがて日本にもやって来るようになります。1543年に種子島に漂着したポルトガル人によって、日本にはじめて鉄砲が伝わりました。それをきっかけとして日本に南蛮文化が盛んになるのですが、そのうちの一つに南蛮屏風というものがあり、そこには南蛮人(南蛮人というのはスペイン人とポルトガル人のことです)の商人や宣教師たちが描かれています。この南蛮人の服装に関して、『アラブとしてのスペイン』は次のように述べています──

 

 戦国時代に日本人が見たポルトガル人の豪華な服装もほとんどがアラブ服である。肩を張らせた上衣(じゅばん)はアラビア語のジュッバであり、大きくふくらんだズボンで丈が足首まであるシルワール(ハレム・パンツ)もアラブ服である。南蛮文化とは宗教以外はアラブ文化の要素が非常に強いのである。(pp. 4-5) 

 

 これを読んで、私は軽いショックを受けました。これが本当であれば、スペインとポルトガルにいかにアラブの文化が浸透しているかを示す動かぬ証拠であると考えていいでしょう。人が外国のファッションを模倣するのは、その国が自国よりも文化的に優れていると思うからであって、文化程度が低いと考える国からファッションを輸入することは、通常はありえません(自国のファッションの一部に取り入れるということはあるでしょうが)。

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 戦国時代に日本にやってきた南蛮人の服装はアラブ服だったんですねえ。知らなかった。
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[ 2011/11/05 14:27 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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