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チェルケス娘

 今から2000年前の古代ローマの時代、いわゆる金髪碧眼のガリア人は下品で田舎臭いから下等であるとみなされて、ガリア人の女性や男性は魅力的ではないとされた。

 今から1000年前のアッバース朝の時代、西欧や北欧のガリア人は野蛮人であるとみなされ、性奴隷としても低い扱いを受けていた。金髪の女奴隷は高く売れないため黒く髪をそめて奴隷市場に出品された。ちなみに、後ウマイヤ朝(現在のイベリア半島)の初代アミールが金髪碧眼であったことが後世にも伝わっていることから、イスラム圏では珍しい人種的特徴であったと考えられる。

 今から700年前、エジプトのマムルーク朝の時代になると、チェルケス(カフカス地方南部の民族)の男性はマムルーク(軍事奴隷)として、女性は性奴隷として好まれた。この時代は、軍事奴隷のマムルークが政権を担っていたことから、故郷の女性を好んだのだろうか。

 今から500年前のオスマン帝国の全盛期、スルタンは金髪碧眼の女奴隷が大好きで彼女らを好んで妻としていた。


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 イスラム世界ではチェルケス娘というカフカス地方南部出身の女性が性奴隷として好まれていた記録がある。アッバース朝の頃は黒髪の女性が好まれたようなので、マムルーク朝あたりで価値観の転換があったんでしょうかね。
 カフカス地方南部っていうのはウクライナあたりなんですかね。ロシア帝国が拡大する以前はイスラム政権のキプチャクハン国がそのあたりを支配していたので、彼らが周辺の民族をさらって奴隷として売っていたんでしょうかね。
 

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