政治家の人間性論

豊田議員が暴言を吐いたことで、議員の資格無しと世間から批判されている。

合理的に考えれば、暴言をはこうが、国民にリターンがかえってこれば、問題ないわけで。また、あまりに世間がバッシングすると、エリート層が議員にならなくなる。

国民感情とすると、リーダー層には、人格が備わっていないと、彼らを指示さる気になれない。

ワイが何度もブログであげているが、日本人が思い浮かべる理想の政治家像は、北条泰時である。

北条泰時は同時代でも、理想の政治家として、公家からも賛美されたのをはじめ、それらは吾妻鏡にも記録され、後世の政治家に影響を与えた。

執権は鎌倉御家人の筆頭格に過ぎず、都から連れてきた将軍がいるわけで、良い政治を行うことで、自らの正当性を主張した。

北条一族がいなければ、元寇に勝てなかったと思うわけで。

北条一族は逆賊とされたが、泰時個人の政治家としての資質はどの時代からも評価されていたようで、日本の法律の原型は、御成敗式目に遡る。

泰時は、鎌倉御家人らしく、質実剛健、質素を基本とし、禅を学び、物事に道理にかなっているかどうか、を重視した。礼儀を重んじ、目下にも目を配り、キッチリした人だった。政治的立場上、そうしないと、執権の立場を守れなかっためである。
泰時の酒の肴が塩だけという話もあるし、屋敷も質素だったようだ。

大河ドラマの北条時宗では、執権が町人を切り殺したしまったとき、北条一族の老人たちから責められる場面があった。
執権は道理のない行動をしてはダメなのである。この道理というのは、日本人の感覚的なものになる。


さて、豊田議員が秘書を罵倒したことは、北条執権の論理から鑑みて、道理がある行動だったのか?

北条泰時が目下の御家人が大きな失敗をしたときに、豊田議員のようなことをしただろうか。泰時ならば、あのような暴言は吐かずに、表面上は穏やかにしていただろう。泰時ならば、録音された音声をマスコミに売られるという失敗はしない。むしろ、相手を罠にかけるタイプ。敵対する相手を罠にかけ、滅ぼしてきたのが北条一族である。

豊田議員は、部下に謀反を起こされたということで、無能である。



まとめる。
日本人の政治家の手本は、北条泰時。不安定な執権という立場だからこそ、道理のある行動をとった。

北条泰時ならば、逆に秘書に罠をかけて滅ぼす。秘書に背かれて身を滅ぼした豊田議員は無能。
また、泰時は人格者であり、そもそも、秘書に背かれるような事態に陥らない。

追記。北条一族の対極が天皇。安定した立場だからこそ、ろくな奴がいなかった。


[ 2017/07/13 06:54 ] 北条得宗家 | TB(0) | CM(0)

日本の政治家としてのお手本は北条泰時

日本の政治家は清廉潔白を要求され、そして、清貧ともいえるライフスタイルが理想とされている。

 

田中角栄などは、政治思想はおもしろかったが、ライフスタイルがそれと大きく異なってためにメディアに批判された。

 

 

だとすると、そのような理想的な政治家がいたのかということになるわであるが、いたのである。

 

 

 

 

私の北条泰時に関する考えは山本七平の著作によるところである。

 

鎌倉幕府執権の北条家はひじょうに面白い。そもそも、北条時政が現在の起業家みたいな野心家であって、源氏の貴種の源頼朝をうまく利用して、東国に武士たちの国をつくった。

頼朝の息子である二代目将軍が自分たちの言うことを聞かなくなったと思ったら、血縁関係があるにもかかわらず、殺害させる。

 

そして、三代目将軍の実朝暗殺の一件では、北条義時はそれを察知していたのではないかと言われる。

 

 

北条家は身分が低い家柄だったため、御家人からの反発を招かないように、善政を敷くしかなかった。道理がある行動をするしかないのである。

 

北条泰時は簡素な屋敷にすんで、質素な生活をした。そして歴代の執権や北条家の当主(得宗)は禅を奨励し、精神の修練にも励んだ。

 

 

いかにも日本人が好みそうなエピソード満載なのであるが、地味だから、知名度はあまりないわけである。

しかも、北条家は大きな戦をせずに、御家人は暗殺してしまうことで、政治問題を解決した。どうも陰険な感じがしてしまうのである。

 

織田信長は英雄扱いされているが、実際は足利義教みたいな存在であったとおもうわけで。

 

 

江戸時代の政治家たちも当然北条泰時のことはしっていたし、お手本にしてきたわけである。

 

 

日本の霞が関の政治家たちは、アメリカの政治家の真似をするのではなくて、北条泰時の真似をするべきだと思うわけで。北条泰時の言動は日本においては、普遍性があるというか、現在の日本人の価値観はこの時代から連綿と続いていると思う。

土地や親兄弟の考え方、そして、役所勤めの考え方など。

 

 

 



[ 2017/06/03 08:23 ] 北条得宗家 | TB(0) | CM(0)

安倍首相は北条義時の精神をもつべき。

<UFO>

 

子供のころはUFOの特番がけっこうやっていて、夢中になってテレビ番組をみていました。

 

いまから考えると、当時はソ連とアメリカの冷戦の真っ最中なわけで。地球外からやってきた飛行物体と考えるよりは、アメリカやソ連の軍事兵器と考えるのが妥当だったと思う。

 

人々は実は軍事兵器なのだとうすうす感じながらも、それをカモフラージュするためにUFOなるものを想像したのではないか。

 

世界で起こっているブームの背景は、後の時代の国際政治を考えればガテンがいくことがでてくる。

 

 

 

プラザ合意も今から考えれば完全なる日本つぶしだったわけだ。当時、経済好調の日本人はそんなこと考えてもいなかったと思う。そもそも経済成長をしたのも、日本人の努力というよりも、東西冷戦としての兵站基地の必要性があったから。

アメリカとソ連の手のひらでいいように操られていただけなのかも。

 

 

現在のCO2規制も実際は発展途上国の経済発展を抑制するための戦略だったかもしれない。アメリカが離脱するということで、その枠組みが壊されるから、トランプは批判されるのだろうか。

 

 

次のグレートゲームは大国になる中国の思惑で何かが起きるのだろうか。例えば、沖縄で起こっている独立運動は中国がけしかけている可能性が大きいと思う。

 

しかし、沖縄の歴史を考えると、中国に擦り寄っても全然おかしくないわけで。今後発展する偉大な中国に飲み込まれるかもしれない。

 

アジアの歴史を学べば学ぶほど、中国は偉大な国である。現在も中国は発展する可能性があるわけで。そして、日本というのは世界の果てで国内抗争を繰り返していただけのちっぽけな国だと認識する。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

<天皇の話>

 

日本の経済衰退が顕著になってきて、かつてはアジアを同情の目線でみていたはずが、彼らを排斥する方向で動いている。かつても自分たちは天照大御神の子孫だとおごり高ぶって、アジア諸国を見下していた日本人が優秀であるはずがないと考えている。

 

 

 

 

そういった意味で、おごり高ぶる日本人の心の原点たる天皇に反逆し、皇族の島流しを決行した北条義時(義時の行動は公家からも称賛された)、そして、その息子であり、現在日本の民法の基礎をきずいた北条泰時は面白い存在だと思うわけである。

 

日本の最大の弱点は国家神道の影響がいまでも色濃く残っていることである。小林よしのりあたりが、真の日本の英雄として、北条義時と泰時をとりあげてくれれば、ネトウヨは死滅するはずである。北条時宗はモンゴルをおいはらったが、そのときの朝廷はお祈りしていただけの役立たず。時宗は九州に防壁を建設し、計画的に戦争を進めた。

朝廷はロクなもんじゃねえのである。日本人は朝廷はロクなもんじゃないことを知っていた。朝廷は何の役にも立たないことを思い出すべきである。

 

小林よしのりはネトウヨを生み出した。その罪悪感はないのか?天皇崇拝という日本のガン思想をぶっつぶしてくれ。期待している。

 

足利尊氏の弟の直義は、鎌倉が北条勢に再占領されたとき、後醍醐天皇の息子をどさくさに紛れて殺害した。北条勢にかつがれる危険性を考えたわけである。

賢い政治家たちは、天皇なんて屁とも思っていない。しかし、民衆は天皇を崇拝してしまう習性がある。

 

現在の天皇が政治的発言を積極的に行うなかで、天皇に逆らう安倍ぴょんは朝敵だとのネットの書き込みが出始めたわけだが。自らが上皇になろうとする天皇については(報道でそう感じている)、僕自信としては大きく失望している。

昭和天皇がろくでもないことばかりをしていた反省で、今上天皇は超リベラルだと思い込んでいたわけである。

 

何が言いたいかというと、名君扱いされていた今上天皇が政治的発言をし、安倍首相がまるで朝敵のような扱いを受けている。

はっきりいうと、この件にかんしては、ワイは100パーセント安倍ぴょんを支持する。

 

天皇の政治的影響力を完全に排除するのが必要である。マジで日本で最も危険な思想は国家神道であって、欧米はいまでもそれを気にしていると思うが。

 

安倍首相は朝敵扱いされようが、北条義時の精神で、今上天皇と対決するべきである。私は安倍ぴょんを支持したい。

 

日本人はなんとなく、天皇は偉いとか思っているが、過去の歴史を調べればわかるんだけど、マジで権威にあぐらをかいてきたため、ロクなことをした歴史がない。今上天皇は唯一の例外だと思いたいが。

 

ということで、日本の識者たちが、今上天皇の意にそぐわないかたちで動いているのは私としては支持したいのである。



[ 2017/06/03 08:04 ] 北条得宗家 | TB(0) | CM(0)

日本史上唯一の革命家とは鎌倉幕府執権、得宗・北条泰時である

 
<引用開始>

 日本には西洋のような「革命」はないとされてきた。しかし、織田信長でさえ正面から対決しなかった朝廷との戦争を制し、我が国固有の法を定めた男がいた。彼こそが「日本史上唯一、成功した革命家」とする論考が、注目を集めている。

 発表したのは社会学者の大澤真幸(まさち)さん(58)。
 
 
 
 日本史上の著名人物を検証。後醍醐天皇や織田信長は一見、革命を実現したようにみえるが、志半ばに終わった。豊臣秀吉や徳川家康により革命が成就したともいえそうだが、2人はむしろ「反革命的」とみる。関白や征夷大将軍に就くなど、朝廷という既存の権威に依存したからだ。

 大澤さんが、唯一成功した革命家と位置づけるのは、鎌倉幕府3代執権・北条泰時(1183~1242)だ。
 
 1221年の承久の乱で後鳥羽上皇の朝廷と対決。武士が皇族と戦うには、上皇や皇太子らの命令に基づく「院宣(いんぜん)」や「令旨(りょうじ)」を必要としてきたが、泰時はそれなしに京都に攻め上って朝廷軍を倒した。泰時ら幕府による戦後処理も厳しく、後鳥羽ら3上皇を流罪にし、仲恭天皇を廃した。朝廷の外の人間が皇室関係者を断罪したのは「日本史上、後にも先にもない」と大澤さん。

 幕府は朝廷の監視や西国支配の拠点として六波羅探題を設置。「東国と西国が統一された」とする。

 さらに泰時が“武家の法典”ともいえる御成敗(ごせいばい)式目(貞永式目)を定めた点に注目する。式目は御家人間の紛争を公平に裁く基準を明らかにし、関東の寺社について修理を推奨した。寺社についてわざわざ規定することで「寺社が幕府の支配下にあると示した」。

 古来、唐の法を手本とした大宝律令のように外国の法を参考に法がつくられてきたが、「日本史上初めての体系的な固有法」(大澤さん)となり、その後も社会に広く浸透した。
 
<引用終わり>
 
  後鳥羽上皇から朝敵とされたのは北条義時であり、朝廷と戦うことを決断したのは、北条義時である。義時は嫡男の泰時を大将とし、承久の乱を戦った。
  
 
 御成敗式目は完全に泰時の手柄である。
 
 皇国史観の水戸学でも後鳥羽上皇を批難し、泰時を礼賛しているようである。そろそろ、昭和天皇を大胆に批判する言論人があらわれてもいいだろう。
 
 誠に理想の政治家は北条泰時である。泰時が昭和天皇の側近にいたならば、クーデターをおこし、無責任な昭和天皇を廃していたと考える。
 
 

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[ 2017/01/29 13:26 ] 北条得宗家 | TB(0) | CM(0)

本当の武士道

 本当の武士道。
 
 武士の中の武士である鎌倉御家人の武士道とは・・・
 
 御家人筆頭の鎌倉幕府執権北条一族。元寇で世界最強のモンゴル軍を追い払った北条時宗を輩出した誠の武士である。武士の中の武士の一族、それが北条一族である。
 
 
 北条政子は源頼朝の妻。伊豆に流された源頼朝を利用して権力を握った一族。
 頼朝が死んだ後、暗愚とされた2代目将軍頼家を暗殺。同僚の御家人を次々と攻め滅ぼした。しかし、自らの身分が低いため、将軍には敢えてならず。朝廷より皇族を将軍として迎える。成人して物事がわかるようになったら、追い返し、また、幼少の皇族を将軍として迎える。
 
 鎌倉将軍は飾りであって、誰でもよかったのである。北条一族にとっては源頼朝でさえ、飾りであった。
 
 この北条一族は日本史上初めて、天皇の軍隊と直接対決して、それに大勝利して、天皇を島流しにした。
 承久の乱である。後鳥羽上皇に朝敵とされた北条義時(政子の弟で、当時鎌倉幕府の執権)は、朝敵とされてもひるまずに天皇と戦う道を選んだ。そして、大勝利をおさめたのである。
 
 この北条義時という人物は、非常に大胆不敵であり、用意周到、恐ろしい男だと思う。
 
 この北条義時の息子である北条泰時、そしてその子孫である北条時頼は良い政治を行い、武士や公家から称えられた。そして、時頼の息子が北条時宗である。
 
 北条泰時は御成敗式目を制定した法律家である。北条時頼は水戸黄門のように諸国を漫遊した伝説が残る善政家である。
 
 
 まとめると、
 
 本当の武士道とは、
 
 ・暗愚な君主であるならば、君主を廃してしまう
 ・天皇の権威に屈しない
 
 武士は主君に仕えるのが仕事ってのはうそであって、天皇にさえ弓をひいていた。そんなもんである。
 
 明治以来の日本人は天皇を神聖不可侵だと勘違いしているようだが、本当の武士である鎌倉御家人筆頭の北条義時は天皇に弓をひいた。
 現在、天皇陛下が生前退位するとか云々(でんでん)報道されているが、天皇の意志は無視すべきだと思う。天皇が政治に口だしするとロクなことがおきない。太平洋戦争にしろ、昭和天皇が無責任すぎるから、ああいう結末になったのであって、しかも、あれだけのことをしておきながら、戦後も普通に生活してきた。リーダーシップを持つ者が天皇に対抗しなければ、日本の政治はダメになるのである。
 
 天皇の権威よりも、国民を優先すべきである。天皇のために国民が犠牲になる必要はない。
 
 安倍首相については、天皇の意向を無視しようとする点で評価できる。
 
 日本の政治家は、北条義時、泰時親子の気概をもってもらいたい。天皇の権威に屈せず、民百姓のことまで考えた質実剛健な人物が理想である。
 
  追記:
 日本の政治史において天皇の働きを冷静にみつめ、過度な賞賛などは見直す局面にはいったと思う。国体などというものにこだわって、国民を捨て石とした昭和天皇は許されるべきでないし、日本国民は決して忘れてはいけない。
 天皇は象徴として君臨しているが、天皇が本当に象徴として必要なのか?ぶっちゃけ、太平の世を築いた徳川末裔を象徴としたほうがよっぽどいいのではないか?天皇というシステムそのものを無くすべ議論もしたほうがいいかもしれない。
 
 特に昭和天皇以前の歴代天皇の業績を冷静に調べ、古墳なども発掘調査し、学術レベルで天皇の伝説などというものを消し去るべきだと思う。この天皇の神聖視こそが日本を悪い方向にすすめるネトウヨの心の支えであって、天皇の遺伝子が韓国人の遺伝子に近いとか、そういう結果がでれば彼らもネトウヨをやめると思う。
 
 無意味な天皇の神聖視で、太平洋戦争は滅茶苦茶なことになったわけで、いい加減、昭和天皇を批判する議論がでてもいいと思う。マッカーサーが天皇を尊敬してたとか、んなことは誰がどう考えても作り話としか思えないわけで。
 

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[ 2017/01/28 21:37 ] 北条得宗家 | TB(0) | CM(0)

グローバルな鎌倉北条家

得宗・北条時頼

 

大河ドラマ北条時宗では渡辺謙さんが演じていた。

北条時宗の父。出家したため最明寺殿とよばれていた。

 

北条時頼は禅宗に帰依し、1253年(建長5年)、宋の蘭渓道隆を招いて建長寺を開創した。

 『吾妻鏡』は、時頼について「平生から武道をもって君を助け、仁義を施して民を憐れみ、天道の理にかない、人望があった」 と語っている。

http://www.kenchoji.com/?page_id=133

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◆北条時頼の撫民政策
 鎌倉の古刹・建長寺(鎌倉市)は、鎌倉幕府の5代執権・北条時頼によって建立されました…御成敗式目の制定から14年後、幕府の実権を握った人物です。
時頼が執権に就いた13世紀半ば、幕府の中には依然として有力武士の権力闘争が続いていました…時頼は、当時最大の勢力を率いて幕府に反乱した三浦氏を攻め滅ぼします。
これによって自らの地位を確固たるものとし、幕府の政治の安定に乗り出します…時頼が最も心血を注いだのは法令を無視して農民に不法行為を繰り返す武士たちの統制でした。
その政策を伝える資料が東京大学に残されています…御成敗式目の後に出された追加法をまとめたものです。…建長5年、時頼が始めたのが撫民政策でした…年貢収入の基となる農民を撫でるように大事に扱おうというのです。
「民が大金を盗むという重罪を犯しても本人一人の罪であり、親類妻子まで罪に問うてはいけない」
「民と掴み合いをしても武士にけがが無い場合は、罪に問う事は出来ない」
時頼は撫民政策に従わない武士たちに厳しい処罰を課していきます。
更に時頼は撫民政策を浸透させる為、武士そのものを変えようとします…日本に伝わって間もない禅宗を取り入れ、建長寺を建立、厳しい修行を通して武士たちに慈悲や忍耐の精神を学ばせたのです。
また作務と呼ばれる寺の日常的な労働に取り組ませる事で決まりごとを遵守する素地を植え付けていきました…。
その後、幕府は鎌倉に次々と禅寺を建立、有力武士から末端の武士まで修行を奨励しました…こうして武士の中に民をいたわる撫民の心が徐々に芽生えて行くのです。

http://web.joumon.jp.net/blog/2014/02/1561.html



[ 2016/06/05 08:05 ] 北条得宗家 | TB(0) | CM(0)

暴君・豊臣秀吉、名君揃いの鎌倉北条家

大河ドラマ真田丸では、秀吉が徐々に暴君としての一面を見せるようになってきた。

淀殿懐妊を揶揄する落書きが城壁でみつかった。激怒した秀吉は門番だけでは許さず、怪しいと思しき市民まで一族郎党殺してしまえと命じた。

なんという愚かな男であろうか。単なる落書きごときで、門番を殺害せしめ、無関係の一般市民まで殺そうとする。

 

大河ドラマ北条時宗では執権になったばかりの北条長時が、町人にからかわれた際に、抜刀し町人を切り殺したことで、他の北条一門や有力御家人から叱責されるエピソードが挿入されていた。執権だからこそ、道理のある振る舞いをしなければいけないと。

 

 

豊臣という姓も僕は好きではない。豊かな家臣(主君は天皇)というのは、旧来の権威に従うことをアピールしているわけである。既存の権威には媚びへつらい、旧主の親族・側室をむやみに殺し、明の国力を理解できないまま、対外戦争をおこして失敗した。

 

これと対称的に、鎌倉北条一族は旧来の権威である朝廷にはむかってこれに勝利し(日本史上初)、天皇を島流しにした。そして、朝廷がつくった法律が現実にまったく即していないことから、新たな法律をつくり、撫民政治を行った。

 

天皇というバイアスがかかると、本質が捻じ曲げられてしまう。。



[ 2016/06/05 07:46 ] 北条得宗家 | TB(0) | CM(0)

太平記22話 鎌倉幕府滅亡、鎌倉幕府執権・北条高時(片岡鶴太郎)の舞




 太平記22話は鎌倉幕府が滅びる話なのですが、鎌倉幕府を牛耳っていた北条家の滅びかたはまるで平家の壇ノ浦のようです。一族から裏切りもでず、皆で自害していく。

 この太平記22話の片岡鶴太郎演じる北条高時の舞は、大河ドラマ屈指の出来だと思いますね。まじで。25:53~

[ 2016/02/25 23:16 ] 北条得宗家 | TB(0) | CM(0)